そらクリニック外苑前のブログ *こころの空もよう*南青山の予約制の心療内科 女性のためのメンタルクリニック 女医 女性専門

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退行の闇と救い

今日は、ある統合失調症の患者様の事をお話します。

その患者様(ここではSさんとお呼びしてお話をします)はずっといわゆる引きこもりの生活をされていました。通院はされるのですが、デイケアや作業所や生活支援センターの利用を勧めても「いいです、行きません」と表情変えずにあっさりと返答され、家族からも相談もないまま。感情の平板化、自発性の低下といったお決まりの慢性期の所見がカルテに記載され、それも度重なると変化なしという記載に置き換わって数年経過しました。

そんなある日、Sさんに癌が見つかり入院することになったのです。まだ30代後半。若いです。その報告を聞き私自身もいろいろな事を考え少々動揺しました。統合失調症の場合、自分の病気を理解することが難しく治療に非協力的になる方もいらっしゃるので、患者様の状態によっては一般の病院では対応が難しい事もあります。さてどうしたものかと思いましたが、Sさんは動揺を見せず治療にも積極的で、入院中も精神症状が悪化する事もなく経過しました。

私の心配したような事態になることはなく、むしろSさんはしゃっきりして表情も豊かになりました。相変わらずあまりたくさんお話をされる事はないのですが、治療の事を私に報告する様子を見ていると数ヶ月前のSさんとは明らかに違います。 自分の意志ではないですが、他者と係わらざるを得ない状況に置かれてSさんの社会性が改善されたのです。改善する事が難しいと感じていた慢性期の陰性症状は固定したものではなく、自宅という安心できる場所に留まろうとした退行現象だったのです。

症状だけ見ると良くなったように思われるSさん。そのきっかけが命に係わる病気だったという事は何ともやりきれない思いです。何がしあわせなのか、どっちが良いのかという問題ではないですが、人のこころの不思議を感じと同時に答の出ない問いを自分自身に繰り返しています。

・・・Sさんの回復を祈っています。

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